2016年12月3日土曜日

夾叉を得るということ

今読んでいる本
に非常に面白いことが書いてあった。海上で大砲を撃つ際に命中率を向上させる話である。

「それは基本的には大型の双眼鏡を使って、砲弾が海面に着弾したときに高く上がる水柱を観測し、それが目標の手前で上がったか、それとも目標の後ろで上がったかを判定するという素朴な方法で行う。」

「つまりもし砲弾が目標の手前で落下して水柱を上げたならば、それは距離が足りなかったということなので、砲身の角度をほんの僅かに上向きに修正して次の砲弾を発射する。そして2回目もやはり手前で水柱が上がったなら、そのままどんどん距離を伸ばして同じことを繰り返していく。」

「そしてこれを幾度も繰り返して、何回目かでとうとう目標の後ろで水柱が上がったことが観測できたなら、それは砲弾が目標を飛び越えて後ろに落下したことを意味しており、砲術の用語では、このとき夾叉を得たという。」

「もうそれ以上試射や修正を繰り返すことを止めて、砲身をこのあたりの角度で固定してしまい、後はひたすら数撃ちゃ当たるの精神で撃ちまくるのである」

「水柱が手前で上がっていることが観測されているときには、距離の誤差が明らかにマイナスであることがわかっているので、その間は誤差の修正を繰り返していく。しかし夾叉を得て弾着誤差が+方向と-方向にほぼ同距離だけ生じると判断された時点で、一切の修正操作をやめて、後は完全に確率の神の手に委ねてしまうというわけである」

試験を受ける。そして、そのとき気づいた知識の穴や理解不足を修正する。自分でできることは極限まで修正する。しかし、看護学校の試験は就職活動でもある。その年その年で、ほしい人材にばらつきがあるだろう。面接まで進む段階にくれば、あとは「確率の神の手に委ねる」しかない場合もある。ここまでたどり着いたら、腹をくくって、「数撃ちゃ当たる」の精神でひたすら試験を受け続けるのだ。